【第二章】『2』         

あれから特に問題もなく三日がたった。今日は龍の退院の日だった。本当は一週間ほど先だったのだがあの人が何を思ったか病院に頼み込み早めてもらったらしい。
「どうしたの?稜平・・どうしてここにいるの?」
桜は不思議そうに俺に聞く。
「任務の為だ。それ以外の何でもない」
俺が答える前に昴が当然のように答える。
「昴さん、少しの時間でいいので私と稜平だけにしてくれませんか?」
桜の口から意外な言葉が吐かれる。昴さんは軽くうなずくと病室の外へ出た。
「稜平・・怒らないの?私はあなたの思っていることと全く逆のことをしているのよ・・この体に傷つけた・・」
怒ってない・・そう言うと嘘になる。桜の半身、龍を殺したこと・・殺すために行ったこと、俺は今だからこそ冷静に受け止められる。でも・・
「怒ってない、でも全てを許せる訳でもない。わかるよな?」
桜は少し安心したように軽く笑った。龍の姿で見せるその笑顔はやはりどことなくぎこちなかった。
「今まで任務の為とはいえ私のそばにいてくれてありがとう。私は任務のためとはいえそばにいてくれて・・稜平といられて幸せだったよ」
桜はそう俺に言うと荷物を持って病室から出て行った。
俺はその後しばらく、自分一人になった病室でぼーっとしていた。本当のことを言えなかった自分に腹がたっていたのかもしれない。
『任務の為』に桜のそばにいた訳ではない。
「本当に自分が守りたかったから桜のそばにいた」
「バカだよなぁ・・俺・・」
あの人がいたとはいえそれを壁にして何も言えずじまいの自分。なさけないにもほどがある。
俺は桜がいなくなった病室で泣き崩れた。

ねぇ、誰が私を作ろうと思ったの?
私は何で作られたの?・・何で私は一人の体じゃないの?
誰でもいいから教えて・・?本当に必要とされてるのかわからない・・何で生きてるのかわからない。
何もわからない・・誰も教えてくれないもの・・
いつか心から私を必要としてくれる人・・私の全てを受け止めてくれる人が現れるといいな・・

次の日の朝俺はこの数日間二人の様子がおかしいことが気になって仕方なかった。
四日前の龍の自殺行為、しかもその一週間前に龍は意識不明となっている。稜平は龍の血塗られた部屋より龍をじっと見ていた・・すぐに龍のそばに駆け寄りナースコールを鳴らすのかと思ったのに、二人の間では会話が交わされ始めていた。龍は血だらけで平然とした顔をしている。稜平は顔色が悪くなる一方で俺はそんな二人を見ているのが我慢できなくなった・・。
無意識のうちに俺は二人のそばへ行きナースコールを鳴らしていた。
俺はあの二人のことは何もわからない・・入学してきてからあの二人は俺に何も話してはくれない・・俺はただのルームメイトでそれ以外は何もないのだから・・。
など考えながら朝食を食べていると、目の前の稜平が箸を止め、俺に話しかけてくる。
「何をぼーっとしているんだ。早くしないと遅刻するぞ」
そうだ・・今日は学校。早く準備しないと・・
稜平は昨夜遅く帰ってきた。何があったのかは何一つ教えてはくれない。俺は箸を止めて無言で先に部屋へと戻ってしまう。
「あいつには何も話してやれない・・」
稜平は慶が去った後の食堂でそう、静かに呟いた。
俺はあれから龍とは会っていない・・退院したはずなのにどうして帰ってこないんだ・・もう俺は自分が嫌で仕方なかった。
こんな事を考えてもあの二人は何がなんでも『何が起きているか』は話さないであろう。俺が二人の力になりたいと言っても・・。
「おい、慶学校に行かないのか?」
いつの間にか稜平が俺の後ろに立っていた。
「いや、行く、行く!ちょっと待って」
今の俺に出来ること・・この二人には普通の態度で接する・・何も気づいてはならない。俺が二人のことを心配しているなんて・・
「慶・・おまえの少しは何分のことだ?置いていくぞ」
俺はすぐさま鞄を手にし稜平を追った。

まだ、このときは平和な日常であったと嫌でも実感することになるなんて・・
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